岩山に鉄塔が出来た!

サラリーマンのときはあんなに朝寝坊に憧れたのに失業中のいまはむしろ早起きが普通にできるようになる。
朝食後の皿洗いと掃除、トイレ掃除を済ませてから、アテネへ。
小川プロ特集4日目は「三里塚・岩山に鉄塔が出来た」(1972)と「三里塚・辺田部落」(1973)。
三里塚芝山空港反対同盟の闘争は続き、既に建設中の滑走路を使用不能とするため滑走路の南側に鉄塔を建設する。航空法に違反することは予め承知しつつも、鉄塔建設なかばで、同盟のメンバーに弁護士を加えて緊急会議が開かれる。このまま鉄塔を建ててしまってもよいものか。会議中、鉄塔建設に奮闘していた青年が建設に躊躇すること自体が許せない、警察からの呼び出しに怯えながらも努力してきた時間は何だったのかと抗議し続ける。会議が開かれている小屋の1点に据えられたカメラは、小屋の隅で興奮しながら話すその青年にフォーカスを送ったり送らなかったりしながら、写し出す。ゆっくりとしたパンが繰り返され、青年とちょうど反対側に座る同盟委員長、その手前の弁護士、その他の同盟メンバーの表情を捉える。
もちろん、鉄塔建設の続行は決定される。鉄塔を建てる仕事に関しては素人でしかない同盟メンバーに、新たに鳶の若者たちが加わり、映画はその後、建設の過程を丁寧に伝えてゆく。鉄塔完成。高さ60メートルに及ぶ鉄塔によって、公団が離着陸のテストで使用する飛行機の着陸が不可能になる。
7段の鉄骨を組み上げて作られた鉄塔の最上段にカメラは登り、最後の鉄骨を組み上げる作業を克明に記録するシーンがある。命綱なしで鳶の若者たちによって慎重に組み上げられる鉄塔。7段目の高さから下を見下ろすと反対同盟が闘争を続ける三里塚が広く見渡せる。地上で作業するスタッフは小さく小さく見える。
鉄塔建設後、鳶の一人にインタビューがなされる。鳶として闘争に関わることができた誇りと同時に鉄塔建設のみに関わり、再び三里塚を去っていくという参加の仕方でよいのかどうかという逡巡が語られる。若いとはいえ、娘さんがいるのだろうか、小さな子どもが父親がインタビューされている最中に、手に持っている櫛で父親の髪の毛を梳く。三里塚には風がふき、父の髪をいじる娘の笑い声が風に流れて画面に響く。
三里塚・辺田部落」は再来週にもちこし。