G.G.がやってきた

水曜日は取材協力先への仕込み作業のため、千葉県成田市印旛沼の畔にある建設現場までお出かけ。気さくで明るい現場作業員の皆さん、やさしい現場所長さんに出迎えられ、きっと今回の取材はうまくいくと思っていたら。事前に想定していた状況と異なる現場であることが判明。すぐに方向性を切り替えて、どこまで演出できるかということに頭を回転させることにする。多分、大丈夫。取材内容とは直接的には関わらないが、印旛沼の畔で行われている作業は、北総線の延伸工事で、工事実施の背景やらを所長から聞くところによると、三里塚/成田闘争と間接的に関わる工事であるらしい。成田空港建設計画に並行して、進められていた「成田新幹線」の計画当時からこの印旛沼の工事と共振しているらしい。成田新幹線自体は、現在の京葉線のルートを計画していたが、さまざまな困難に直面し頓挫。それとは別ルートで成田空港と都心を高速列車で結ぶ計画として、北総線のルートがある。成田新高速鉄道と呼ばれるもの。工事概要とこの工事が着工するまでの経緯(印旛沼の自然環境を守る観点からの地元住民からの反対とそれに便乗するかたちで三里塚/成田闘争新左翼活動家たちからも長い間、反対運動に遭っていたらしい)を温和な所長から伺っていると、いったん仕事を忘れて、なんだかたへんてこりんな気持ちになる。まま、取材はうまくといくといいですが。
木曜日。何をしたのか忘れました。夜は冷や汁を食べにいった店で冷や汁がなくなっていて、替わりに食べた「卵掛けごはん」が最高でした。
金曜日。午後に品川でセミナーに出席した後、光が丘にある準大手ゼネコンへ。打ち合わせ自体はまあまあ密度が濃かったけれど、雑談をし始めると、業界の暗い話ばかり。あぁ、いやだいやだ。夜はジムでがっつりトレーニング。いままで全くしていなかったけれど、ストレッチもきちんと行った方がいいのかしらん。
土曜日。最近、とみに機嫌が悪い状態と良い状態を行き来し始め、非常に不安定な娘をようやくなだめて、今シーズン初のラグビー観戦。秩父宮。隣の神宮球場で行われるプロ野球「ヤクルト/横浜戦」に向かう人ごみが混じって、最寄り駅である外苑前からものすごい人だかり。対戦カードはといえば、17時キックオフで「東芝ブレイブルーパス/九州電力キューデンヴォルテクス」と19時からの「クボタスピアーズ/サントリーサンゴリアス」の2試合。日常のしがらみを想定した買い物を渋谷で終えて、秩父宮には試合開始5分前になんとか到着。途中の酒屋で購入した黒ラベルをごくごく呑みながら、第一試合から。がしかし、予想通り、試合開始5分程度で娘が「外にいく」と言い出し、試合に集中できず。「ここは既に外である」という命題を唱えても娘にとっては馬の耳に念仏。ぶつぶつ。どうやらこの神宮の森にたたずむラグビー場は「外」ではなく「内(中)」にあるという認識らしい。試合はといえば、前半、九電に苦戦していた東芝が後半は力の差を見せつけて、快勝(だったと思う。)二試合目は家族の事情で前半しか見れず。多分、サントリーが勝ったのではないでしょうか。今季から導入された「試験的ルール改正」のなかで気になっていた「オフサイドラインがスクラム最後尾の足から5メートル後方になる」という攻撃側を活性化させるであろう改正によって、アグレッシブな試合が見れるかと思っていたけれど、実際は自分がちゃんと試合を見れていないのもありますが、昨年までとの違いははっきり感じられません。ただし、もう一つ気になっていた改正。「パスも含めて自陣22メートル内に持ち込んだボールをキックし、ダイレクトでタッチを割った場合は蹴った地点でのタッチとなる」を踏まえて、これまでは当然タッチキックで自陣から一時的にピンチを逃れ、試合を切っていた局面で、相手バックスリーにボールを取らせて、オフサイドラインを上げる、というゲームが切れない展開に確実に変化していた。これはすごいことです。いい変化だと思いました。
日曜日。朝から雨が激しく、しっとりと鬱がココロを埋め尽くそうとしているので、気持ち悪い日記を書く。携帯のニュースサイトで「闇の子供たち」が映画の舞台であるタイ本国で上映中止となったと知る。

http://www.flowerwild.net/2008/09/2008-09-06_113341.php

FLOWER WILDで三浦氏が指摘するこの映画の捻れ(制作主体と描く対象であるタイの現実との乖離。そして現地の人々へのコミットの不可能性)がタイの一部の人々には、単純に「タイの暗部だけを強調している映画」という捉えられ方をされてしまう一因となったのかもしれません。具体的な生を具体的なタイで営む人々にとっては、江口洋介が見せる逡巡や、宮崎あおいが示す、到達不可能で超越的な希望などは全く感じられることなく、この映画を消費することになるのでしょうか。日本や日本語や日本映画の限界は当たり前のようにいろいろな局面で感じておかなければならないことのような気がしています。